みしゃろるんね~ら~。石垣島人のゆんたくで~す♪
ぷろふぃーる♪

a-yanco

Author:a-yanco
誕生の地:沖縄県那覇市古波蔵(らしい)
育った地:沖縄県石垣市字…

2歳で石垣島にUターン。その後、石垣島ですくすく・ぶくぶくと育つ!!

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                          img1393.jpg
白保村の繁栄を誉めた歌です。
白保村は道路を境界線として分け、北部を真謝村とした。
この歌は、1797年に宮良当演が真謝村の目差役の頃に
謡われたと言い伝えられています。
《ユラティクユラティク踊りあすぃば》という囃子が有名です。


白 保 節

白保村(しらふむら) 上(うい)なか
弥勒世(みるくゆ)ば 給(たぼ)ぼられ
ゆらてぃく ゆらてぃく
踊り(ぶどぅり) 遊(あし)ば

白保村には弥勒世(五穀豊穣の世)を給ぼられた
寄って来い 寄って来い
踊り遊びましょう

稲粟(いにあわ)ぬ なをりや
常(つぃん)ゆいん まさらし
ゆらてぃく ゆらてぃく
踊り(ぶどぅり) 遊(あし)ば

稲粟の穂り方は
例年より遥かに豊作である
寄って来い 寄って来い
踊り遊びましょう

首里加(すんぢゃ) 那志貢物(なしみむぬ)
卸残(うぬく)いぬ 稲粟(いにあわ)
ゆらてぃく ゆらてぃく
踊り(ぶどぅり) 遊(あし)ば

首里王庁へ献上した
お残りの稲粟で
寄って来い 寄って来い
踊り遊びましょう

泡盛(あわむり)ん 生(ま)らしょうり
うんしゃぐん 造(つぃく)りょうり
ゆらてぃく ゆらてぃく
踊り(ぶどぅり) 遊(あし)ば

泡盛酒も醸造して
お神酒も製造して
寄って来い 寄って来い
踊り遊びましょう

真謝(まじゃ)ぬ主(しゅ)ば つぃかいし
目差主(みざすぃしゅ)ば つぃかいし
ゆらてぃく ゆらてぃく
踊り(ぶどぅり) 遊(あし)ば

真謝村の村長も 招待して
助役も 招待して
寄って来い 寄って来い
踊り遊びましょう


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沖縄八重山のうた(下)
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テーマ:沖縄・宮古・八重山の音楽 - ジャンル:地域情報

無蔵念佛(んぞーにんぶつぃ)節は、旧盆の時に唄われます。img1839.jpg

この歌は登野城村の宮良善勝が1800年、八重山からの公用で首里王庁へ出張し、
公用を終えて首里郊外の安仁屋(アンニャ)村に行き、チョンダラー(京太郎)から
盆行事に歌う浄土宗の教えの道を説いた念仏歌を稽古してきて、
これを八重山に戻り、少々改作・改曲して発表した曲とされています。


無蔵念佛(んぞーにんぶつぃ)節

親(うや)ぬヤゥ 御恩(うぐぬ)は 深きむぬ
父卸(ちちぐ)ぬ御恩(うぐぬ)は 山高(やまたか)さ
母卸(ふぁふぁぐ)ぬ 御恩(うぐぬ)は 海深(うみふか)さ

親の御恩は深きものである
父上の御恩は、山よりも高いものである
母上の御恩は、海よりも深いものである

山ぬヤゥ 高さ やさわかりん
海ぬヤゥ 深さん さわかりる
昼やヤゥ 父卸(ちちぐ)ぬ 足が上(うい)

山の高さは、計りしることができる
昼は父上の、脚の上で

扇子(おーじ)ぬヤゥ 風(かじ)にヤゥ あをがりてぃ
夜(ゆる)やヤゥ 母卸(ははぐ)ぬ懐(ふとぅくる)に
十重(とぅやい)む 二十重(はたい)む 衣装が内(うち)

扇の風に扇がれて
夜は母上の懐に
十重、二十重の衣装の内側に

ぬりるヤゥ 方(かた)には母(ふぁふぁ)ゆくてぃ
乾くヤゥ 方(かた)には子(くわ)寝(に)してぃ
諸共(むるとぅむ)ぬりりば 胸(むに)が上(うい)

濡れた所には母が寝て
乾いた所には子供を寝かして
諸共濡れると母上の胸の上に寝かし

くり程(ふどぅ)親(うや)にヤゥ 思(うむ)われてぃ
年(とぅし)やヤゥ 十二十才(とぅはたち)なゆりどぅむ
親(うや)ぬヤゥ 御恩(うぐぬ)は 未(ま)だ知らん

これ程、親に大切に思われて
年齢は二十歳にもなっているが
親の御恩は、未だ知らない



チョンダラー(京太郎)とは…
傀儡師(カイライ師)・人形使い・マンザイ・万歳・アンジャ等と称している。
中世の京都で盛んに行われていた祝福芸が沖縄に伝播し、発達した門付芸能のこと。
現在では、沖縄市泡瀬と宜野座村の二ヶ所にのみ残っている。
泡瀬の京太郎は、1980年に沖縄県無形民族文化材の指定を受けている。


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「かたみ節」は八重山の祝い歌で恋歌です。

「かたみ」とはものごとをかためることで、
うまくまとめ、かためて成就させるという意味です。
この歌は昔、首里から来た船が八重山の貢納物をのせて帰る途中、
大時化に会って遭難し、伊原間と平久保の間の久志真村に漂着しました。
村人は船員を助け、介抱しました。
船員の中のひとりと村の娘との間に恋がめばえました。
その船員は久志真村への移住を決意、めでたく夫婦が誕生したというわけ。
その話を聞いた八重山の黒島英住という人が作ったということです。


かたみ節

さてぃむ 目出度(めでた)や 此(く)ぬ卸代(みゆ)に
サ 祝(ゆわい)ぬ 限りねらん
遊(あす)び楽シムエスリ 我(わ)ンヤカタミクイラ 千年(ちとぅし)マディン

 さても お目出度い祝い事は
 この代に限りなく続くことでしょう
 二人は歓楽をつくし、夫婦の契りを千歳までも固めましょう

一番(いちばん)願(にが)わば 福禄寿(ふくるくじゅ)
サ 其(す)ぬ他(ふか) 無蔵(んぞ)とぅ 連(ち)りてぃ
遊(あす)び楽シムエスリ 我(わ)ンヤカタミクイラ 千年(ちとぅし)マディン

 二人の第一の願いは、幸福・繁昌・長寿
 その他に、二人連れ添っていつまでも
 二人は歓楽をつくし、夫婦の契りを千歳までも固めましょう

無蔵(んぞ)とぅ 我(わ)んとぅや 元(むとぅ)ゆりぬ
サ 契りぬ 深さあたん
遊(あす)び楽シムエスリ 我(わ)ンヤカタミクイラ 千年(ちとぅし)マディン

 あなたと私は、固めの盃を取り交わし
 契りが深く、水も漏らさぬ二人の仲
 二人は歓楽をつくし、夫婦の契りを千歳までも固めましょう

百才(ひゃくせ)なるまでぃ 肝一(ちむひとぅ)つ(ち)
サ 変わるな 元(むとぅ)ぬ心(くくる)
遊(あす)び楽シムエスリ 我(わ)ンヤカタミクイラ 千年(ちとぅし)マディン
 
 百歳になるまで 二人の心は一つ
 変わってくれるなよ、元の気持ち
 二人は歓楽をつくし、夫婦の契りを千歳までも固めましょう






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